戦後日本美術総集 P.22,P.177 「まどろむ」
盛岡タイムス
「彼方へ」 
'96.12.26 『簡素化した線と色調』
梅沢さんは、「さまざまな手法に挑戦してきたが、一度古典に立ち返ろうと思った。西洋と古典美を生かしながら、現代の絵画として表現していければ」と話していた。
盛岡タイムス '97.12.17 『線の表現』の可能性を追求
「心から自然にわいてきたものを表現してみたら、実にさまざまな形が出てきた。無意識のうちに生まれたこれらの形には、自分の思いや願望が込められていたのかも』と梅沢さん
『単純化した線や形でも、無駄なものを削ぎ翌ニした結果であれば何かを伝達するには十分だと思う。それが自分一人のものだけではなく、絵を見る方々ととも共有しあえるよう、普遍的な部分も大切にしていきたい』と話していた。
盛岡タイムス 前九年から
世界に挑む
米国ホイットニー美術館アラン・C・メイヤー氏は『梅沢画伯は偶発的な要素を削り、形や色の本質に迫っている。限られた形態、色にもかかわらず特筆すべき力だ。明るい微妙な色い方に発露している」と評価
梅沢さんに空世という名前の由来を聞いた。禅の思想的な影響とともに、『空には限りなく、未来を予感させるものもあります」とおしえてくれた。
art japonais「佇む」
評論
P.77
(評論家)
石川 秋成
シンプルな画面構成から感じられるのは、『純化された美』というイメージである。あらゆるものが削ぎ落とされ、その主張だけが高密度に凝縮されてせまってくる・・・・・そんな力強さを備えた作品である。梅沢は単純化という行為の中に「美」の存在理由を希求しているのであろう。過去の作品と、この「佇む」を比べてみると、その思いは歳月を経るとともにいっそう強くなっているかに見える。人物自体にこめられた強さはそのままに、空間の広がり・構成に円熟の度を加えて、見るものに静かな強靭さを放射し、安定した精神状態を提供する。作家の希求する「美』のあり方が、曲線による構成美となるのか、あるいは様ョを取り入れた装飾美となるのか、さまざまな可能性をも感じさせる作品といえよう。
ホイットニー美術館
スーパーバイザー
「想」についての評論
アラン・C・メイヤー 梅沢空世画伯はその作品「想」の中でさまざまな偶発的な要素を削り、形や色の本質に迫っている。この作品は抽象的な作品であり,裸体像が基本的な構図をなしている。ここで,画家が追求しているのは描線と色彩が本来揩チている性質であり,絵画の平面をそのままの状態に保ちながら描くということである。限られた形態,限られた色の種類と色調にもかかわらず、この作品には特筆すべき力がある。それは,この画家の色調とテクスチュアの完全な制御,意表をつく明るい,あるいは微妙な色の使い方に窺える。
アートマインド
2005 秋季号
長谷川栄 「戦い」とタイトルしてるところから、何かの戦闘のパワフルな場面や、人間関係のいさかいを意識して構成したものであろう。
短い直線を散らばせ、交差させたり、衝突したりしてそうした戦いのエネルギーを上手に暗示している。特にダッシュの利いた線ごとに陰影をつけて、運動感と立体化によってシャープさを強調しているのは成功で、アブストラクト・アートの表現としても卓抜であり、精神の状況が充分に表現されている。
美術春秋
平成芸術の鼓動
平成18年度版
p.168 体の前で両腕を組み、瞑想するかのような表情を見せて立つ裸婦。背景は水平線によって分割され、静謐な色彩の広がりを見せつつ幽玄なコントラストを表出している。裸婦の右の空間部分に浮遊している楕円と角柱。左部分では微妙に陰影が深まっている。大小の石のような楕円の点在する地空間とそれらが融合したところに、沈潜する情感と静かで神秘的な感覚が表出している。だが、それは決して閉じられていくものではなく、むしろ悠遠な宇宙感として感じられるものである。
油絵具によるテンペラ的な彩色は薄く安定感のあるマチエールとして、独特の香気を放ち神聖な気配すら漂わせている。線描は柔らかく穏やかでありながら、絶対的な必然性を伴ってこの超現実的空間を決定づけている。この静謐な画面からは、精神世界を象徴する、東洋的な美の代表ともいえる曼荼羅の表現が思い起こされる。従来的形式によるのではなく、作者はまったく新鮮な感覚によって、それらの伝統を超越する独自の造形美をつくり出している。


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